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  • 犬山城 (青春18切符で行く,日本の「城」巡り34)
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城、城跡

日本100名城ついに制覇しました

2016.6.20 日本100名城ようやく制覇しました。

最後に残っていたのは、No.1の「根室半島チャシ跡群」で、北海道の東端にあります。

飛行機嫌いのため、移動はJRとレンタカーとなります。
このため、
・1日目、当地高松を早朝6時に発ち、21時前に札幌着(泊)
・2日目、札幌発~釧路経由~根室着16時過ぎ(泊)
・3日目、レンタカーを借り、納沙布岬~「根室半島チャシ跡群」~摩周湖~川湯温泉(泊)
・4日目、レンタカーで、川湯温泉~知床半島~網走(泊) レンタカー返却
・5日目、網走~札幌(泊)
・6日目、札幌~仙台秋保温泉(泊)
・7日目、秋保温泉~高松
という強行軍(?)です。

根室につくと、まず駅前の観光案内所で、100名上のスタンプを押印。
記念のカードと、100名城登城達成記念のオリジナルステッカーをいただきました。

Dscn4416

左の上の枠が、今回押印したスタンプです。

Dscn4417

登城記念にいただいたカードです

Dscn4419

100城目ということでいただいた、記念のステッカーです。

肝心の「根室半島チャシ跡群」ですが、入り口に看板があるとのことでしたが小さな小さな目印で、危うく通り過ぎてしまいます。

Dsc_1653

この看板は、道路から少し入った坂を下ったところにあります。
看板通りに進んでいくと、

Dsc_1650

この案内板を見て、右に進むと現れます

Dsc_1652

この先は、2~3日前に草刈をしたようで、歩きやすくなっています。
何にもありません。石垣があるでなし、単に台地があるだけで、なんでこんなところを選定したのかと思います。
この日は、風も強く、気温も12度くらいで、寒かったので、早々に退散です。 

ともあれ、これで100名城登城したことは間違いありません。

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日本最東端の納沙布岬にもいき、北方領土を望んでみようとしましたが、霧で全く見えません。

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北方領土を望むところに望郷の岬公園があり、その一角に北方館があり、この2階には、北方領土を見ることができるよう、双眼鏡がいくつも並んでいます。でもこの日は霧で南緯も見えません。

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この公園には、シンボルのオーロラタワーがあり、希望の火が燃え続けていました。

100名城リーチ掛けたけど、最後はいつになるのかな

先日、100名城制覇(?)にリーチをかけましたが、残っているのは・・・・
1番の「根室半島チャシ跡群」です。

それも、遠い遠い北海道の東の果てです。
当地高松からJRでいくと北海道新幹線が通じても丸2日要します。

飛行機でいけばいいじゃないかとは言うけれど、実は飛行機は嫌いなんです。
沖縄の98番から100番は、仕方なく飛行機で行ったけれど、できれば乗りたくない・・・・

それよりも、なんで根室のお城(?)というより砦(?)塹壕(?)見張り台(?)のようなところを100名城にしたのか?

もっとほかにあったのではないのか、選定の仕方があるのだろけれども・・・・

でも、いつかは、1番に行って100名城登城を終わりにしないといけません。
だんだん遅くなるほど、足腰が弱くなるので・・・・・

まあ、今年中には(冬が来るまでには)行くつもりです。
その際は、JRのフルムーンパス8日間を活用し、道東周辺の観光をしてくるつもりです。

100名城スタンプ帳、開いてみると、一番最初のところがブランクになっており、早くしろとせかされているように感じる小生です。

100名城がすんだら、次のテーマは・・・・  思案中
  1案・・・滝 (体力がないと無理)
  2案・・・山 (同じ)
  3案・・・五重塔 (まあ、こんなところかな)  ・・すでにあちらこちら行ってるからね

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100名城リーチ

100名城、4月22日に99城登城しリーチです。

 桜のシーズンも終わった4月19日から22日の4日間で、JRのフルムーン切符を使い、新潟県の春日山城、群馬県の箕輪城、金山城、埼玉県の鉢形城、千葉県の佐倉城を一気に攻略(?) 残すところあと1となりました。

今回、高松駅を定刻にマリンライナーで出発したのですが、10分ほど走って信号待ちで停車、2分ほどして動き出し、瀬戸大橋上ではノロノロ運転、児島駅についたころには予定より10分遅れです。  児島駅を出るまで遅れた理由の車内放送はありません。

児島駅をでたとき、車内放送で、「前を走っている電車が遅れているから」という理由(?)。

結局岡山駅についたころには、予定の新幹線に乗り遅れたため、窓口に並んで、予定を変更。 約1時間遅れで、「ひかり」に乗り、京都で「サンダーバード」に乗り換え、金沢で「はくたか」に乗り換え、上越妙高駅でレンタカーを借り、春日山城へ、1時間遅れたため、上までは上がれませんでした。 
ものがたり館でスタンプ押印(95城目)し、上杉謙信公の銅像の下までは行くことができました。

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夕方、上越妙高駅から「はくたか」で高崎駅まで行き、1日目はここまでです。

2日目は、高崎駅でレンタカーを借り、
1つ目は、箕郷支所で、スタンプを押印し(96城目)箕輪城へ。
本丸迄徒歩で上がります。 途中ちいさなBOXがあり、蓋を開けてみるとスタンプを押印した紙が20枚ほど入っていました。(支所によらず、直設城跡へ来られた方のためですね)

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2つ目は、鉢形城へ向かいます。 
駐車場横の歴史館で、スタンプを押印し(97城目)、城跡へ向かいます。
城跡前にも駐車場があり、スタンプを押した後、車で登ってくる人もいますが、やはり歩いてみた方がいいのではないでしょうかね。  ここは、北側が高い崖になっており、崖の下は荒川が流れ、鉄壁の防御(?)ですかね。 ところどころに、スズメハチ注意の札がぶら下がっていました。

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3つ目は、金山城へ、 ここは事務所の方に教えていただいた通り、車で山上の駐車場まで上がります。 そこからは10分ほど歩いて山上の休憩所でスタンプ押印(98城目)
ここは、石垣でできた城です。 大きな池も作られています。

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ここはあちらこちらに、ハチ注意の札がぶら下がっています。

2日目は、ここで終わりで、高崎に戻り、宿泊です。

3日目は、高崎出発、東京駅経由でしおさい号で佐倉駅まで行き、タクシーで佐倉城跡の公園事務所へ。 ここでスタンプを押印し、場内を散策、石垣があるわけでなし、土塁と空堀だけですかね、 本丸跡の広場では、ゴルフクラブを振っている人もいます。  場内は桜と楓の気がたくさんあります。 もう少し早ければ桜がきれいだったでしょうね。

20160420

徒歩で佐倉駅まで戻り、食事をしようと店を探しますが、JR駅周辺は何にもありません。
仕方なく昼はコンビニのパンで済ませ、予定より早く、東京に戻ります。

ここでまたトラブル。 前を走っている特急列車で異音がしたということで線路上で停車し、安全点検しているとの放送あり、 小生の乗った列車は20分ほど遅れ東京到着。 
東京では余裕を持っていたので、乗り換えに問題はなかったので、よかったです。

ここからは、足の疲れをいやすため(?)箱根小涌谷温泉に向かいました。

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この続きは、「なぜJRグリーン車は外国人方が多い?」になります。

展示会後のリフレッシュの旅

 展示会も終わったので、新たな作品作りに取り掛かる前に、リフレッシュの旅(?)に出かけました。

 今回は、100名城めぐりのフルムーンの旅で5日間の予定です。
東北・北海道他のお城ということで、函館(五稜郭)~松前(松前城)~盛岡(盛岡城址)~山形(山形城)~新発田(新発田城)~川越(川越城)とめぐります。

 五稜郭と山形城は2度目ですが、以前はスタンプ集めはしていなかったためで、川越城は以前訪れたときは改修中だったので、立ち寄らなかったため今回計画しました。

 松前城までは交通の便が悪いので、函館でレンタカーを借りて、片道約3時間かけて到着、途中の海の色がとてもきれいで、景色を眺めながらの海岸線ドライブです。  お城はコンクリートで再建されたており、あまり風情はありません。(天守閣横の門のほうが趣があり、よかったです)
 五稜郭は、もちろん五稜郭タワーに上ると、星型5角形のお城がよくわかります。
 盛岡城址は建物は何もなく、石垣だけですが、紅葉の始まりといったところでしょうか、散歩している方をちらほらと見かけました。

 次の山形城は、門と櫓などが少し再建されています。 ここも中に博物館や野球場など市の建物が設けられています。 この時期イチョウの実である銀杏があちこちに落ちており、あまりよいとは言えない匂いが付近一帯に漂っていました。(早々に退散)

 次は、新潟県の新発田城です。 
ここは門と櫓が3棟残っていますが、敷地のほとんどが自衛隊の基地になっており売り物の3匹の鯱の乗っている三階櫓は、自衛隊の敷地内であるため堀の外からのみ見ることができるという有様です。

最後は、川越城本丸です。 中はあまり見るべきものは・・・・
屋根瓦などに三つ葉葵の紋が入っており、徳川家ゆかりのお城とのことがわかりますが、堀もなく石垣もなくパット見た目には町中に歴史のある大きな屋敷があるといったところでしょうか・・・ お城には見えません。

何とか予定の城をめぐり、集めたスタンプ6個
これで100名城訪問達成まで、残り6城。  何とか来年度までにはおわらせたいと思っています。

これで94個所訪問
今回集めた スタンプです。

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残りは  No.1  根室半島チャシ跡群
      No.16 箕輪城
      No.17 金山城
      No.18 鉢形城
      N0.20 佐倉城
      No.32 春日山城 

 となりました。

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100名城・・岩村城

梅雨の真っただ中の7月3~4日、100名城の旅に出かけました。

 100名城も残り16城となり、ここ2年以内に制覇するつもりで、つぶしていっていますが、今回は、国宝の松本城と日本一(?)の山城・女城主の岩村城です。

 松本城は、昔々の若い頃にいったことがあるのですが、今回久々に行ってみると、城門などが復元され、あちらこちらが変っていました。 

 今回は、お城近くのホテルに宿泊しますので、夜間ライトアップされた松本城も見学することができました。

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堀の水面に写ってきれいですね。  
夜だと堀の汚れた(?)水もあまりわかりませんから・・・

次の日は、女城主の岩村城です。

梅雨時ですから、あいにくの雨ですが、予定通り、登ってみることにします。
資料館で100名城スタンプを押し、クマよけの鈴をつけ、杖をつきながらゆっくりと登っていきます。 

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道は急坂ですが、石畳の道になっています。
写真では緩い階段の塔に見えますが、斜めの道に石を敷いていますから、雨で滑りやすくなっていますので、気を付けて登っていきます。(登り口に800mの案内があります)

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このあたりまで来ると、あちこちに石垣が現れてきます。
この辺りは石畳ではなく、坂も緩やかになって、歩きやすいです。

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どんどん登っていきます。

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ようやく岩村城名物の6段の石垣が現れてきました。 
もう少しです。  (電柱・・・灰色のポール・・・が邪魔ですね)

頂上につくと、広場になっており、ベンチもあり、井戸もあり、岩村城址の碑もたっています。

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頂上のすぐ下にひろばがあり、後で調べると、駐車場とのこと。 車ですぐそばまで来ることができるようになっていました。

このお城はいたるところに井戸があり、今も水がたまっているようです。

帰りは、下りの石畳の道ですので、滑らないように注意しながら下りていきましたが、のぼりと同じくらい時間がかかりました。

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これで残りは、14城  ・・・・もう少しだ~

100名城・・長篠城と伊賀上野城

 6月下旬、梅雨の真っただ中、100名城のうち東海地方唯一残っていた長篠城址と三重県の伊賀上野城へ出かけてみました。

早朝、新幹線で豊橋まで行き、レンタカーを借りて新城市の長篠城址を目指します。

途中、武田軍と織田・徳川連合軍の戦いの址の設楽原に立ち寄りました。
ここは、武田の騎馬隊との戦いで、織田軍が馬防柵を作り、鉄砲で武田軍を討ち果たした戦いの場で、現在は馬防柵が一部復元されています。

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設楽原歴史資料館にも立ち寄りましたが、私たち以外は誰もいません。

ここからは、長篠城はすぐ近くです。

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ここは、本丸跡の入り口横に土塁があり、その外側に空堀があります。
本丸奥にはJRの飯田線が通っており、その先は堀の代わりの川になっています。

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長篠城址といえば、上の写真になりますが、これは対岸の橋の上から撮影したものです。
ちょうど真ん中あたりに、JRの架線の柱が立っています。

資料館等を見学して、長篠城址を後にしました。 
そのあと時間があったので、豊橋市の吉田城へ行ってみましたが、ここは土日しか天守閣は開けていないようです。
Photo

この日は名古屋まで移動し、翌日の伊賀上野城に備えます。

翌日はあいにくの雨でしたが、予定通り、伊賀上野城へ向かいます。
JR関西線で亀山乗換で伊賀上野まで行き、伊賀鉄道で上野市下車、徒歩で伊賀上野城へ。 以前行ったときスタンプを押さなかったので今回忘れないようにしなくてはいけません。 

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ここはまずスタンプを押して、天守閣へ、
ほかのお城と違って、天守閣内部には伊賀焼がたくさん展示されています。
もちろん、作品をじっくりと眺めて、登っていき、市内を眺め、家路に向かいます。

ここからが大変です。 乗換が続きます。 
経路を紹介すると、伊賀鉄道の上野市から伊賀上野まで行き、JR関西線に乗り換え、加茂で大和路快速に乗り換え、木津でみやこじ快速に乗り換え、京都で新幹線に乗り換え、岡山でマリンライナーに乗り換え、高松で琴電に乗り換えてようやく帰宅・・・といった具合でした。 (伊賀上野城は公共交通機関では簡単にはいけませんねえ)

木津から大阪に行く方法もあったのですが、同じように乗換の連続なので、少し簡単な京都にした次第です。

(大阪の場合は、上野市→伊賀上野市→加茂→木津→天王寺→大阪→新大阪→岡山→高松  となります)

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100名城のこるは、16城・・・・あと2年くらいのうちには登城完了したいと思っておりますが、多分最後に残るのは、1番の根室半島チャシ跡群になるでしょうね。

100名城スタンプ九州編完了

5月の下旬、100名城スタンプの九州編ようやく完了しました。

 残っていたのは、大分府内城と豊後竹田の岡城です。
どちらもいぜん訪れたことがあるのですが、その時点ではスタンプ集めてなかったので、今回時候のよいこの時期に行ってみたのです。

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 大分の府内城は、以前は城内の本丸跡に市民会館がありましたが、今回取り壊され、空き地になっており、市役所の臨時駐車場になっています。 そのため、スタンプ帳に書いてある場所がなくなっています・・・・  第6感で城門の横を見てみると、ありました、小さな机の上にスタンプとスタンプインクが置いてあり、紛失しないようひもでつないであります。(赤穂城と同じスタイルです)  シャチハタでないため、明瞭には映りませんが仕方ありません。

最後の岡城は、以前とは変わっていません。 ここは入場券が特殊で、しおり状の登城手形と、巻物状の案内状です。

Dsc_0566

この案内状の裏面は、ミニの掛け軸になっています。

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以前と変わったのは、巻物(案内状)の色が藤色から緑になったくらいですね。
場内は、以前と同じように発掘作業中のところもありました。

ここは、春の桜、秋の紅葉の時期に来るのがいいようですね。

今回九州編が終わったことで、100名城まで残りは・・・・数えてみると・・18か所になりました。 まあぼちぼち済ませていくことにします。

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残りは・・・・北海道の3か所、東北の盛岡城と山形城、千葉の佐倉城、新潟の新発田城と春日山城、群馬の箕輪城、金山城、埼玉の鉢形城と川越城、滋賀の小谷城、観音寺城、三重の伊賀上野城、岐阜の岩村城、長野の松本城、愛知の長篠城を残すだけです。 この感じでは最後に1番が残るだろうなあ・・・

100名城・島原城と佐賀城

2015年の1月末に、日本100名城の九州地区の佐賀城と島原城に出かけてみました。

 いずれも、以前行ったことのあるお城ですが、100名城スタンプのない時期だったもので、今回スタンプは忘れずに押さなくてはなりません。

 出発当日、岡山駅でのマリンライナーから新幹線への乗り換え時間は8分ですので予定では十分でしたが、何と岡山駅直前でマリンライナーが緊急停車・・・・車内放送によると、線路内に人が立ち入った為だとのこと・・・・しばらく動きません・・・・・この時点で、乗り換えが間にあわないことを覚悟しましたが・・・・・停車してから5分くらいして、動き出し・・・・うーん、間に合うかな?

 岡山駅到着は、新幹線の発車時刻の1分半ほどですが、とりあえず階段を走って、走って、改札を抜け、新幹線ホームへ・・・階段を上がりきった時、ちょうど新幹線が停車したタイミングでしたので、どうにか間にあいました。

 でも、足はもつれ、息も絶え絶え・・指定席に座ってホッとし、少し息が落ち着いて脈拍を測ると140を超えています。 ・・・・出だしからこの調子で、この先何もなければ良いが・・・

 予定通り、佐賀駅に着くと、時間に余裕があるので、歩いて佐賀城本丸まで歩き、帰りに佐賀座に立ち寄って陶磁器を鑑賞して一服するつもりで、観光案内所で、佐賀座の場所を尋ねると、『少し前に閉店し、建物もありません』とのこと・・・(ネットでみたら有ったのに・・・) やむなく、お城を見て、市内をぶらぶらして戻ることにしました。

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 佐賀城本丸は、入場無料です。(展示物は、余りありません)。内部に入って気がついたことは、釘隠しが全くないことです。 他のお城の本丸御殿などは、家紋の釘隠しを使っていますが、ここは釘そのものが見えます。 本丸御殿はほとんどは再建されたものですが、一番奥舞ったところには昔の建物があり、照明はありません。

戻りは、市内をぶらぶらですから、足元や頭上を見ながら駅方向にもどります。

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足元だけでなく、街灯もムツゴロウです。

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この日は、古湯温泉に泊まり、翌日島原に向かいます。

島原駅に着くと、観光案内所を探しますが・・・ありません。

 駅前の派出所のお巡りさんが歩いていたので、尋ねると、『観光案内所は有りませんが、観光マップなどは、派出所に備えています』とのことでしたので、市内観光マップを頂き、市内散策開始です。

マップを見ながら、武家屋敷をまわって、島原城に上ります。
島原城はほとんど人がいません。  ピンクの忍者の服装をした元気なお姉さん(?)の声(いらっしゃいませ、ありがとうございました)がやたらと響き渡ります。

 
天気予報が当り、このころから雨に見舞われました。

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島原城のあとは、鯉の泳ぐ街へむかいます。

 島原はいたるところで湧水があり、所によっては飲むことが出来るよう柄杓が備えられています。 この湧水を利用して、通りの脇や、街角の小公園には鯉が放たれています。 水がよく流れているので、鯉は全て同じ方向を向いて泳いでいました。 山陰の津和野も鯉が用水路で泳いでいますが、湧水のため島原の方が水はとてもきれいです。 

この日は、島原温泉に泊まり、翌日帰宅することにしました。

 帰りは、”かもめ”で新鳥栖駅まで行き、”さくら”に乗り換えるのですが、”かもめ”が遅れたため、ここでも乗り換え予定時間8分の予定が3分になり、また走らないといけないのかなと思ったのですが、ゆうゆう間にあいました。・・・・その理由は、新鳥栖駅で降りる人がほとんどいません。 小生らを含めて5人。 さらに在来線の改札口から新幹線の改札口までは30m有るかどうかという近い距離だったためです。 

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 これで 100名城のうち九州地区は、残り2つ(岡城と大分府内城)になりました。 今年中には制覇するつもりです。・・・いずれも行ったことがあるのでどのようなところかはわかっていますが、時期的には桜の季節か紅葉の季節がベストですがね・)

 

100名城スタンプ70個目(千早城)GET

10月25日土曜日、 大坂の千早赤阪村にある”千早城”へ行ってみました。

100名城スタンプは、この千早城で、区切りのよい70個目になります。

 昼過ぎに、千早赤阪村の郷土資料館に到着、資料館のすぐ横が、楠正成之生誕地で、石碑が立ち、楠の大木がそそり立っています。 資料館で千早城の情報を仕入れ、いざ千早城へ移動。

 上り口すぐ手前の駐車場(駐在所横になります)に車を止めます。 すでに沢山車が止まっていますが、ほとんどが金剛山への登山者の車だそうです。

上り口に向かうと・・・・うわー  560段を上ると聞いていましたが・・・

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これが上り口で、1段1段が高いため、急な階段で圧倒されそうです・・・45度くらいはありそう・・・

この階段を登りきってもまだまだ急な石段が続きます。

Dsc_0588

つづら折りになっています。
休憩するところは、ありません。 この石段に腰かけて、休憩しながら登っていきます。
予想したよりもきつい・・・

登りきったところが四の丸で、振りかえると、大阪市内が望めます。

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まだ上がありますので、ここでしばらくの間休憩し、楠神社を目指します。

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一番上には、楠正成を祭った神社があり、ここで参拝し、帰りは別の道を下っていき、上り口近くの『まつまさ』で100名城スタンプを押し、帰途に着きました。

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100名城散策は、これで86城目ですが、スタンプを押してないものが15あるため、まだ70城しか達成してないことになります。 (着実に消し込んでいっていますが、100個集めるのは・・・2,3年以内に100城に達するよう努力(?)していくつもりですが・・・

海野宿と上田城へ

10月20,21日、長野県の海野宿と上田城に足を延ばしてきました。

海野宿は、長野県東御市にあり、北国街道の宿場町です。

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 現在でも、本陣や脇本陣、旅籠などの跡が残っており、明治以降は客室を蚕室に変え、養蚕業に用いた建物も多く残っています。 

 大きな家には、うだつがあり、大きくて道路まで出っ張っています。
また、1Fは明りとりと防犯を兼ねた格子があること、玄関は東側に統一されていること、各建物には江戸時代の宿の名札が取り付けられていること、道路の中央には水路が設けられていることなど、見どころ十分です。

 また、養蚕業が栄えたあかしとして、水路脇には桑の木がうえられており、建物の2階は窓が少なく、屋根の上には、気抜きという室内保温のためのたき火や煙を換気するための小屋根があります。 ここでできた繭は、今年世界遺産に指定された群馬県の富岡製糸場に送られていたとのこと。

 馬篭宿や妻籠宿都は違った趣があります。  あまり観光客はいませんがね・・

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この海野宿を1時間ほど散策し、次の目的地、上田城へ移動です。

 上田城は、徳川軍の2度にわたる攻撃に耐え、撃退した城で、特に徳川秀忠が関ケ原へ行く途中、足止めされた城として有名です。

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 特に大きな城でもないのですが、堀と土塁に囲まれ、特に南側は千曲川に接しており、攻め込まれるのが東側だけに限られるといったようなことが大きな要因だったとのこと。

 前回、小諸城跡と松代城跡行ったときに立ち寄ったのですが、100名城のスタンプ押し忘れたため、今回再度訪れたものです。 

 ちょうど紅葉の時期の走りだったので、城内にある多くの銀杏も黄色く色づいてきており、きれいでしたが、足元にぎんなんの実が沢山落ちていましたので、其のにおいと、実をふみつけないよう、足元に注意して歩かねばならなかったことにはさすがに参りました。

 今回、ボランティアガイドさんの説明があったので、新たな発見がありました。  ぶらりと一人で回るのもいいのですが、ガイドさんの説明を受けるのもいいものです。

 

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