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2017年12月

京都の街歩き(最終回:9条通編)

今年の春先から始めた 京都の街歩きも12月は最後回の9条通り編です。

今回は、観光客もほとんど行かないところが主で、平清盛の西八条邸宅跡からスタートで若一神社~西寺跡~羅城門址~矢次地蔵~東寺 のコースです。
 まずは、平清盛の邸宅のあったところですが、現在は、鎮守社であった若一神社があり、境内には、平清盛の石像と清盛公ゆかりの御神水と、祇王の歌碑があります。

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石像はあまり大きくはありません。 高さ1mくらいですね。

この神社の門前には、大きな樹木がありますが、以前京都市が道を広げようとして伐採しようとしたら、不幸なことが続いたため伐採をやめた曰く付きの樹木で、そのため、広い道が真っ直ぐではなく変に曲がっています。

 若一神社の次は、西寺跡です。 古い住宅街を通っていくと中央部がやや盛り上がった公園に出ます。 これが平安京への入り口である羅城門の西側に建立された西寺跡です。
当時は東寺と同じ規模だったようですが、今は見る影もなく、西寺跡の石碑と礎石がいくつかあるだけです。

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周囲は住宅街になっており、当時をしのぶことはできません

この辺りは、昔は湿地帯だったようで、疫病などがはやり、だんだんと都は東へ東へとうつったそうで、西寺は再建されなかったとのことです。

次は、平安京に入口であった羅城門址です。
羅城門は広い平安京の南の門で、朱雀大路の南の端に当たり、北の端が朱雀門になりますが、現在は何にもありません。  

ここも狭い公園になっており、石碑が立っているだけです。

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 羅城門は大きな建物だったそうですけど、横幅に比べ奥行があまりなかったため、強風で2度倒壊したそうで、その後は再建されなかったようです。

この後、羅城門址前の9条通りを東へ歩き(途中これといって見るものありません)、西寺と同じ時期に建立された東寺を目指します。

東寺は、通常観光客が入らない南大門から境内へ、ゴールです

この南大門は、豊臣秀吉が建立した方広寺の門で
方広寺の境内に国立博物館を作るとき、京都市はこの門が邪魔で、も相手を探したところこの東寺がもらい受けて移築したという曰く付きの門だそうです。  

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