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清州城~安土城(信長の足跡)

3月14,15日の2日間、信長の天下布武の夢の跡(城址)を歩いてみました。

これは、清州城から始まり、小牧城犬山城岐阜城安土城までのコースです。

現在ある清州城は、模擬天守で、もともとあったところとは川を隔てた別のところ(対岸)にあり、もとあったところには”右大臣織田信長古城跡”の石碑が立っています。
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清州城(模擬天主)

 天主閣の中には、いろいろな資料が展示されていますが、目に着いたのは、戦国中日スポーツ新聞(?)です。 
今川義元を破った桶狭間の合戦からい家康が天下を取るまでをスポーツ新聞風に拵え、掲示しており、しばし見入った次第です。
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普通の天守閣であれば、刀剣や鎧かぶとなどを展示しているのですが、面白いですね。

 清州城の次は、岐阜を攻めるために主力を移した小牧城です。

 小牧山山頂には天守閣風の建物があり、現在は小牧市歴史館になっています。
 この建物は、名古屋市の実業家が私財を投じて建設し、小牧市に寄付したものだそうです。 
このお城には段ボールで作った鎧を身にまとい、見学者に説明をしてくれる名物(?)おじさんがいるそうで、この日も小牧山の上り口にスタンバイしており、つかまってしまいました。 
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パネルの前で説明しているのが、名物おじさんです。(赤い鎧は段ボールで作ったもの)

 小牧城の次は、犬山城です。 ここは信長の叔父、信康が作ったお城がで、天守の2階までがその当時のものだそうです。
20140314_

この後は、岐阜城の麓の長良川温泉で汗を流し、翌日に備えました。

2日目の最初は、岐阜城です。

麓の信長の館跡を見学し、ロープウエーで途中まで登ります。
ロープウエーを降りたところからは、急な坂が上り坂がしばらく続き、息を切らしながら登っていくと、天守閣が見え始めます。

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天守閣の最上階まで上がると、360度遠くまで望めます。 見通しが良ければ、清州城も小牧城も臨むことが出来そうです。

信長は、この城にいるときから、”天下布武”の印を使い始めたとのことで、隣の資料館には、”天下布武”のスタンプがあり、スタンプ帳に押印しちゃいました。

Photo
岐阜城の次は、安土城です。

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ここには建物はありません。 
息を切らしながら、高さがまちまちな石段を登っていくと天主跡にたどり着きます。
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 信長最後の城で、信長は安土城天主に住んでいたため信長の館は無く、麓には前田利家や羽柴秀吉、など家臣の住居跡があったと言い伝えられ石碑が立っていますが果たしてそうだったのか?
 作ってからわずか3年で灰になってしまった城で、誰が燃やしたかは、いろいろな説があるそうでどれが真実かわからないとのこと(①信長の二男の織田信雄が火をつけた。②明智勢の襲来に備え、場外に避難し城内が無人になった後、泥棒に入った者が火をつけた。③明智光秀の兵が火をつけた等)

 天守閣跡の石垣の上に立つと、琵琶湖が望めます。 お城を作った時は麓まで琵琶湖の水が来ており、水運に非常に便利なところだったそうです。

 近くの信長の館に、スペインのセビリア万博に出展した原寸復元の天主5,6階部分を展示しています。 
 
しばらくの間、ボランティアの方の説明を聞きながら鑑賞し、時間を過ごしました。

(信長が終わったら 次は秀吉かな・・・墨俣、長浜、桃山、大阪?)

 

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