« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

京のぶらり(その1・・・蘆山寺、清涼寺、祇王寺、大覚寺)

30℃近い暑さの中、京都の町をぶらり(平安文化、源氏物語の巻)です。

今回は、蘆山寺~清涼寺~祇王寺~大覚寺です。

 京都に着いたのが昼前、烏丸の六角堂近くの美濃吉で腹ごしらえをし、六角堂近くに宝くじ売り場があった事を知っていたので、ドリームジャンボ宝くじを購入。 
支払いは?・・・・先日、鎌倉の銭洗い弁天で清めた1万円札・・・・ふふふ。 増えて戻ってくることを願って。

 準備が整ったところで、散策の開始です。 

最初は京都御所の東側にある蘆山寺です。
20130526ここは、源氏物語を執筆した紫式部ゆかりの寺ですが、当時の建物はありません。
ここの庭は、白砂は空、苔は雲をあらわしており、京都の他の寺院の庭のように白砂と石でつくり、白砂に水の流れのように模様を入れているわけではありません。 お寺の関係者曰く、”決して朝4時ころから起きて模様を入れるのがいやだからではありません”だって。 また雲に当たる苔の部分には、キキョウが6月~9月の間咲き続けるようになっています。源氏物語に出てくる朝顔は現在の朝顔のことではなく、キキョウの事であるからだという。 残念ながら、まだキキョウは咲いていませんでしたが・・・

次は、清涼寺(地元では嵯峨釈迦堂)です。

ここは、光源氏のモデルとなった、(みなもととおる)20130526_2ゆかりの寺です。
本尊は、国宝の釈迦如来立像で、体内に絹製の内臓を模した五臓六腑が納められていたとのことです。 
また、期間限定で公開されている霊宝館には、源融をモデルに作られたという国宝の阿弥陀三尊像があり、案内人曰く、男前のやさしい顔をした阿弥陀様ですとのことでした。 実物は・・・・その通りだなあ・・いい顔していました。

次は、祇王寺です。
2013052620130526_4ここは平家物語の中に出てくる人物ゆかりの尼寺です。

苔むした庭が綺麗で、ぐるりと一周出来るようになっています。
平家物語ですから、平清盛に関係のある女性の像がありますが、平清盛の像も見にくいところに祭られています。 清盛に寵愛され、捨てられた女性を祭っているからでしょうね。

最後は大覚寺です。
ここは本堂だけでなく、大沢の池もぐるりと一周してみました。
周囲に高い建物がなく、木々に囲まれていること、太秦の映画村に近いこと、などから、しばしば時代劇の撮影に利用されています。 この日も、時代劇のセット(家屋、井戸、船付場など)が作られていました(ガイドさん曰く、先週は何にもなかったのですがね)

20130526_6大沢の池の奥の方には、百人一首にも歌われている”名古曽の滝”のあとがあります。

”滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ”
と読まれているように、水は流れていません。 
石組だけですが、もっと大きいのかと思いきや・・・・こんなもんでしょうね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この日は、少し歩きまわりましたので、スマホの歩数計を見ると、14000歩でした・・・・疲れた。

20130526_7清涼寺と祇王寺の間の住宅が並んでいるところの排水溝のデザインが紅葉でした。
宇治の排水溝の紅葉に似ていますが、葉の数が違いますね。

 

20130526_2

久々の箸置きの新作です

 5月初めての作品作りですが、グループの作品展示会も近いので、今回は、新しい箸置きを作ることにしました。 

 ここのところ、急に暑くなってきたので、粘土の乾燥が早くなりましたので、細工する時間は注意しなくてはなりません。

20130523今回は、トトロ風の猫です。(これは、軽井沢の陶器店で販売していたものに、少し手を加えています。  ・・・もちろん、サンプルとして1個購入しました)

手順は、次の通りです。

1. 型紙を作ります。
2. 粘土をよく練って、板状に延ばします。
3. 型紙に沿って、粘土を切り抜きます。
4. 切り抜いた粘土を、直径5cmくらいの棒状のものに押しつけて、カーブを付けます。
   (この時点で、少し乾かします)
5. やや乾燥した時点で、本体の面取りをし、湿ったスポンジで、角をなでておきます。
6. 同じ粘土を直径2mm位の球形に丸めて鼻にし、本体にくっつけます。
7. 白の粘土を同じように球形に丸めて目玉にし、本体にくっつけます。
8. 針で、口と髭等を書いていきます。
9. 黒の化粧土を針の先に付けて、目玉に乗せていきます。
   (口の形と目玉の黒の場所で表情が大きく変わってきます)
とりあえず、これで焼成前の作業は完成です。

 写真には、腹の部分が白いものがありますが、最初は白の化粧土で描いていたのですが、焼いたときムラになる恐れがありますので、3つ程で止めにし、残りは釉薬を乗せていくことにしました。

完成は・・・・・・今のところ窯がスカスカなので、一杯になる7月上旬頃でしょうかね?

吹割の滝は凄~い・・

 数年前から行ってみたかった”吹割の滝”、ここへ立ち寄る2泊3日のバスツアーがあったので、参加しました。

 この滝は、高さは7mほどしか無いのですが、幅が30m以上もあり、東洋のナイヤガラとも呼ばれており、水量も多く迫力十分です。 滝の場所は、群馬県の沼田市から日光へ通じる道の傍にあります。
尾瀬へ行くのも、普通はこのあたりを通り、鳩待峠の方に向かうことになります。
というような場所なので、個人では、簡単には行きにくいところになります。

20130519_4道路から片品川に向けて下っていくと、滝が見えてきます。これは吹き割りの滝ではなく、鱒飛の滝です。 この日はとても水量が多く、まだ近くまで行っていないのですが、水しぶきが飛んできます。

写真で見えているところに降りると、ミストシャワーを浴びているみたいですが、この日は天気も良く30℃近くあったので、気持がよかったです。

そこから上流に少し歩いていくと、いよいよ目当ての吹割の滝です。

20130519_6_220130519_8_220130519_9_220130519_10たびたび事故が起きるとかで、これ以上近くへ寄らないでというためにロープが張ってあります。 注意喚起の文字が大きく岩盤上にペンキで書かれています。  滝の上流に向かって歩いて行くのですが、遊歩道のすぐ横をごうごうと流れていますので、水の流れをじっと見ていると吸い込まれそうになります。 

ーーーーーーーーーーーー( マンホールデザイン )ーーーーーーーーーーーーー

2013051920130519_320130519_2_2前日は、高松発で北陸道経由で野沢温泉に宿泊、バス旅(10時間)の疲れをいやしたのですが、ここは野沢菜の発祥地でもあることから、石碑が立っています。また長野オリンピックの舞台にもなったのでマンホールにはそのデザインがあります。  
オリンピックの分は、長野駅付近にはカラーの分があります。

20130520_2ちなみに、吹割の滝の所のマンホールは、当然吹き割りの滝と、上流の橋でした。

この日は、四万温泉で泊まり、翌日の長い長いバス旅のために、疲れを残さないようにするため、温泉で疲れをいやし、翌日に備えた次第です。 

20130519_9

 

20130519_6

20130519_8

サンポートのマンホールの8個目見つけました。

 先月(4月)、新聞記事に掲載されていたサンポートのマンホールを探しに行ったけれども、最後の1個がみつからなかったことが心残りで(?)、本日県立ミュージアムに京都国立博物館・名品展を覗きに行ったので、ついでに捜してみました。

 このマンホールは、瀬戸内国際芸術祭に訪れた方に高松市内の観光地にも足を延ばしてもらおうと、高松市のサンポート周辺に、市内の名物や名所の絵を描いたQRコード付きのマンホールを設置、蓋に描かれたQRコードをスマートフォンなどで読み込むと、周辺を案内するホームページに案内するような仕掛けにしているもので、 新聞記事が出たすぐ後に、探しに出かけてみたのですが、その時、全8個の内、7個まで発見できたのですが、残りの1個が見つからなかったので次の機会にとしていたものです。

Dsc_0357今回はすぐに見つかりました。

場所は、港湾ビルの南側の歩道です。

前回そこも探したつもりだったのですが、探してなかったようです。

このマンホールは、光の具合でシールが皺になっているように見えますが、よく見ると、元のマンホールのふたのデザイン(那須与一と扇の的)が出ています。

前回の見つけた7個はこちら(サンポートのマンホール

マンホールのふたのあった場所は、
 1 高松駅を出て、北側のシンボルタワー側の横断歩道を渡ったところ
 2 1の横断歩道を渡ってすぐに東に折れて真っ直ぐ行った港湾ビルの南側歩道上
 3 2をさらに真っ直ぐ東に行き、横断歩道を渡ったところ
 4 コトデン高松築港駅北側の玉藻公園入口の歩道
 5 4の少し北側で、県営桟橋側の横断歩道手前
 6 4のところからJR高松駅側の横断歩道を渡ったところ
 7 6の場所から北側に少し行った歩道
 8 6の場所からJR高松駅側に少し行った歩道
以上の8箇所です。

もし通ることがあれば、御覧になってみてはどうでしょうか?

 

5月GW後の窯出しです。

GW頃に焼成しようとしていた作品の窯出しです。

 GW期間中に素焼まではすんでいたもので ,そのごぼちぼちと釉薬を掛けながら準備をしていたものです。

20130516_2左の写真が今回のすべてです。

この中には、以前焼成したものの焼き具合が、もうひとつ気に入らなかったものの焼き直しや、この後上絵の具で色をつけるものなどもありますが、とりあえず窯から出したものを並べてみました。
このうち、これはといったものを紹介します。

20130516_320130516_420130516_620130516_520130516_5_3左の2つは和紙染の作品です。

今回の和紙は、身の回りにあったキッチンペーパーを使いました。
型紙を作り、筆に含ませた呉須を何度かしみこませて模様つけをします。 回数が多いほど濃くなります。 

3番目は、轆轤を回転しながら、呉須を含ませた筆を外側にずらしただけです。

その次は、白の化粧土を刷毛で強く押しつけて出来た模様です。 器本体の赤土がうまく溶け込んだようです。

最後は、鞘鉢の中で木炭ともみ殻に埋めて焼いたもので、手前の2つは焼き直したものです。 焼き直したため、いい色に焼けていると思います。(自画自賛)。

Dscn0208焼き直し前はこの状態です。

20130516

ボストン美術館・日本美術の至宝展を鑑賞

5月14日ボストン美術館・日本美術の至宝展を鑑賞に行ってきました。
場所は、USAのボストンではなく、大阪市天王寺公園内の大阪市立美術館です。

今回の目玉は、曽我蕭白の雲龍図です。
Dsc_0356

20130514入場券の図柄にもなっています。
また、美術館を入ったところのエントランスにも、立体的(?)に作った雲龍図の一部が飾っています。

曽我蕭白の他に、長谷川等伯、尾形光琳、伊東若冲、快慶ほかの絵画、屏風、仏像、仏画作品などボストン美術館から持ってきた作品が沢山展示されています。

 そのなかで圧巻はやはり、入場券にもなっている滋賀蕭白の雲龍図です。 凄い迫力でユーモラスな面もあります。 実物は横10mにも及ぶ作品で圧倒されそうです。
 元々は襖絵だったようで、よく見るとふすまの取っ手の部分がわかります。また、右半分と左半分の絵がつながってなく、胴体の部分が抜けているようで、10mではなく本来はもっと長かったのではないかと考えられるそうです。

20130514_2
 美術館で文化芸術に浸ってから、次は美術館からめと鼻の先の通天閣に移動です。通天閣は今年100周年に当たります。

展望階まで登ると、いろいろなビリケンさん一色です。
Photo足の裏を触って、願い事をすると願い事がかなうとのことで、小生も願い事をしました。(何をお願いしたかは秘密です)

 中には、足の裏を触るとしゃべるビリケンさんもおいています。小生の時は、”こそばいから触らんといて”でしたが、次の人の時には”お賽銭仰山入れてや”でした。(大阪らしいですね)

もちろん、本来の目的は、大阪市内を見渡すことです。この日は雲ひとつない快晴で遠くまで望むことが出来ました。

信州のお城めぐり・・・その3

 信州のお城めぐり、今回予定したお城は2日目までに済んだので、3日目は予定を変更して近くにある米子大瀑布の見学と小布施の町散策にしました。

20130509_3先ずは、湯田中温泉のマンホールです。 前夜温泉街を散策した時に撮っておきました。

カラーの分は長野電鉄の湯田中駅入口に有りました。
そこ以外はすべてモノクロです。 湯田中温泉ではなく町名の山内になっており、温泉のデザインではなく、リンゴとカラマツ?をデザインしたものになっています。

201206 (温泉をデザインしたものといえば、岡山県の奥津温泉があります。ここは奥津温泉という文字をデザインしています) 

そういえば、この時期北信濃の辺りは、リンゴの白い花があちこちで満開です。 でも香りはあまりしません。

リンゴの花を見ながら、米子大瀑布(よなこ・・・)に向かいます。

20130508_13
思いの他遠い・・・・・山道を15kmほどくねくねと登っていきます。

片道40分ほど要しましたが、往きも帰りも対向車はありませんでした。

駐車場に着くと、先客の車が2台あります。

片隅にテントがあり、案内のパンフレットが置いてあります。
早速一部いただいて、読んでみると、駐車場から800m山道を登っていかないと滝は望めないようです。

貸し出し用の杖(スキーのストック)があったので、借用し、ゆっくりと登っていきます。
当然、熊注意の看板あり、途中クマよけの鐘等もあります。 一部雪も残っています。
クマよけの鈴は持参していませんので、周囲を注意して登っていくと、見えました。
水量も多く、高さは70mくらいです。 もっと水量が多いと右の方にも滝が見えるそうです。
もっと奥まで行くと、もっとよく見えるとのことですが、ここまで息も絶え絶え、喘ぎ喘ぎ登ってきているので、ここで終わりにすることにしました。 ここで先客の方と遭遇。 しばらく休憩して次の目的地の小布施にむかいました。

20130508_2

小布施といえば、葛飾北斎と栗で有名ですが、この時期栗のシーズンではありませんので、観光客もまばらです。

マンホールも、葛飾北斎の富嶽36景の波間の富士のようなデザインです。 モノクロとカラーがありましたが、カラーは色が禿げかかっており、あまり鮮明ではありません。

しばらく町中を散策し、帰途に着きました。

信州のお城めぐり・・・その2(松代、ついでに戸隠も)

 信州のお城めぐり 2日目は、レンタカーを丸2日間借りていますので、交通機関のダイヤに合わせることなく、自由に動き回れます。 

20130508

まず、出発前に、
宿の前にあった上山田温泉のマンホールをカメラに収めます。
2日目は前夜の宿泊先である上山田温泉から近い”川中島古戦場”に向かいます。

Photo川中島といえば、武田信玄と上杉謙信が何度も戦った場所として有名で、千曲川と犀川に挟まれた八幡原がそうですが、現在は公園になっており、武田信玄が陣を構えた場所は八幡神社になっています。

 その八幡神社の境内には、上杉謙信が武田信玄に向かって太刀を振りおろそうとしている一騎打ちの像をはじめ、土塁の址などがあり、説明文を読みながら、しばしの時をすごしました。
次は、川中島の決戦の為に武田信玄が作った”海津城(松代城”)に向かます。 ここは真田信之の時代以降が松代城と呼ばれています。
場所は、川中島古戦場からは少し南に行ったところで、昔は千曲川の川幅がとても広く、海のように見えたことから付いた名前だそうな。

Photo_2Dsc_0325

Dsc_0326

Dsc_0326_2
この日は、近くの幼稚園の園児たちが来ており、ワイワイガヤガヤと賑やかでした。

天守跡に上り、周囲を眺め、しばし城主の気分に浸ります。 北に目を向けると、先ほど通ってきた川中島古戦場が望めます。

このあと、長野市内を抜けて、以前時間がなく行きそびれた、戸隠神社の奥社に向かいます。 (団体の観光客の方などは、行きやすい中社どまりです)
戸隠という名の由来は、宮崎県の高千穂の天の岩戸がこの地まで飛来し現在の戸隠山がてきたことからとのこと。

Photo_320130509_2奥社の入り口駐車場(有料)に車を止め、ひたすら参道を歩きます。

入口から約2km真っ直ぐな参道(砂利道)が伸びています。
思いのほか参拝に来ている人も多く、熊注意の看板があるのですが、余り心配しなくてもいいようです。(クマよけの鈴を付けている人もちらほら)

参道を半分ほど進むと、随神門があり、そこから大きな杉並木の参道になります。

この杉並木は約400年ほどたっているそうで、ところどころ枯れているものもありますが、参道を歩くと森林浴のようで、気持のいいものです。 この時期まだ広葉樹は新芽が覗いているくらいで、参道も明るく陽がさしこんでいます。 あと半月もするとうっそうとした森になるのでしょうね。

さらに奥に進むと参道にも雪が残っており、シャーベット状になっていますので足元が悪く注意して歩かないと、滑って転んで・・・・となりかねません。

約30分要してようやく奥社にたどり着きました。
いつもの神頼みをしっかりとして、帰りは水芭蕉が見頃という森林公園内を通って今夜の宿、湯田中渋温泉に向かいました。

_20130509もちろん戸隠のマンホールも見つけました。

20130509

信州のお城めぐり・・・その1(小諸、上田)

2013年の5月のGWも終わり、落ち着いた8日~10日の間、信州の百名城巡りです。

 今回は、小諸城址~上田城址~松代城址という予定です。
途中、戸倉上山田温泉に泊まったり、武田信玄と上杉謙信の戦いの場所である千曲市の川中島古戦場にも立ち寄ります。

 先ず、高松からJRと”しなの鉄道”を利用して小諸まで一気に行きます。
小諸城址は小諸駅の南側にあり、跨線橋をわたると、そこは小諸城址で、ミニ動物園と入場料がセットになっていました。

8_2PhotoPhoto_2入場料を払って城内に入ると、右側は石垣伝いに城内に入っていきます。 城内はまだ桜が咲いており、高松と1ヶ月ほど季節が違うように感じられました。

城内をしばらく散策し、次の列車の時間まで、時間があったので、動物園にも行ってみました。 すると園内の各所に小諸城址懐古園のデザインのものを見つけました。 残念ながらカラーではありません。

20130508_2でも帰途についたとき動物園側出入口すぐのところにマンホールらしきものがあり、土で隠れていますが一部水色の部分が見えています。  期待しながら少し土を除いてみると、カラーのデザインのものです。  

見つけた・・・・でも全て土を取り除かないと全体は見えません。 

あたりを見回すと、道路掃除用の竹ほうきがあったので、借用して綺麗に土を取り除き、カメラに収めました。(写真をよく見ると、マンホールの周囲にほうきではいた跡が見えます)

小諸城址の次は、上田駅まで引き返し、上田城址に向かいます。

20130508ここでは、駅前に真田の六文銭をデザインしたマンホールがありました。

Photo_3Photo_5Photo_4上田城の櫓(写真)は水曜日が休館日で目当ての100名城のスタンプは押印出来ませんでしたが、城内には入ることは出来たので、城内を散策しました。

この後は、戸倉上山田温泉に宿泊し、疲れをとって翌日に備えました。

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

ウェブページ

無料ブログはココログ