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唐橋焼と安土城跡

2011_0619_2 梅雨の合間、安土城跡に行ってきました。

高速道路休日1000円の最終日ということで、渋滞を危惧したのですが、行きは全く渋滞はありません。(朝方雨が降っていたため、みなさんの出足が遅れたためでしょうかね?)

大津の瀬田の唐橋近くの松喜家で近江牛を食し、唐橋焼を鑑賞。 ここは、瀬田の唐橋の通りに面しており、フクロウをデザインした作品などが展示されています。(フクロウ=不苦労に通じるといわれています) 

   

その後、主たる目的の安土城跡に向かいます。ここは、日本100名城の一つであり、今年NHKの大河ドラマの影響で観光客が沢山訪れているようです。しかしお城の建物はありません。 大河ドラマに使用している復元した安土城の5層と6層は、安土城跡から5分ほど離れた『安土城天主信長の館』にあります。 これはもともとは、スペインの万博に日本の部屋として出品したものに屋根などをつけたものだそうで、実物大ですからドラマのセットとして利用されているとのことです。

2011_0619_5 Dvc00220  ガイドさんに従って、大手道からスタートです。階段が400段以上あります。また。階段の高さも途中から50cm以上にもなるため、杖を置いてあり、自由に利用できます。

石段には、いろいろな石がつかわれており、写真のような仏さんの刻まれた石もいくつも使われていました。

前田利家、羽柴秀吉、武井夕庵、織田信忠邸跡などを通って喘ぎ喘ぎ本丸跡まで登っていき、ここでしばし休憩です。 

しばらく休憩後、天主跡まで登りますが、Dvc00225_2 天主台の石垣は火災の時の熱で割れた石や、赤くなっている石などがあります。

2011_0619_8 写真は天主跡です。

一般的に、お城は天守閣と書きますが、安土城は天主です。信長が、この天主に住んでいたそうで、他のお城は本丸に住んでいます。

Dvc00228

天主跡の西側から見た景色で、信長は毎日このような景色をながめ戦略を練っていたのではないでしょうか。 ちなみに現在田んぼになっているところは内湖になっており、城の下から直接琵琶湖に船で出ることができていたそうです。

Dvc00231 Dvc00233 この安土山には、その当時からの建物が2つ残っているそうで、左が旧見寺3重の塔と二王門でいずれも当時どこからか持ってきたとのことです。多分強引に持ってきたのでしょうね。(寄進してもらったと言っていますが・・・)

天主跡からの下りは、緩い坂と階段のこちらの方を通り降りていきます

登り始めてから、たっぷり2時間は要していました。

最後に、信長の館に行きます

2011_0619_92011_0619_10城の5層と6層のを再現したもので、屋内にありますから全体はぼろのデジカメでは写すことはできません。

でも、漆と金箔を使っており、きらびやかな建物、壁画などで当時をしのぶことができるようになっています。

  

問題の帰りです。やはり思った通り、高速は自家用車で大渋滞です。

安土を16時15分、草津PAに18時・・・大津から京都東は渋滞が続いているとのことで、京滋バイパスを通って、(ここからは渋滞はありません)淡路SAが21時、あの広い駐車場は自家用車で8割方埋まっています。

6月20日からは渋滞が減るのでしょうか・・・・ね 

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